February 15th, 2013
マルコによる福音書2:23-3:6
安息日をどのように守るのが正しいのかについて、主イエスとユダヤ教指導者たちの間にしばしば衝突がありました。今日私たちが学ぶ箇所は、安息日についての論争がどのようにして起こり、論争の確信は何であったかについてよく説明しています。当時主イエスが安息日について教えられた教えはあまりにも革命的であったので、人々は主を殺そうとせずにはいられないほどでした。
- 弟子たちは安息日に何をしましたか(23、参考:ルカ6:1)。
- それに対するパリサイ人たちの反応はどのようなものでしたか(24)。
- 主イエスは安息日に会堂で片手の萎えた人を癒されましたが、そのときパリサイ人たちの反応はどうでしたか(3:5-6)。
- 今まで見てきたように、パリサイ人たちは主イエスのなさることに強い拒否反応を示しました。その理由は何だと思いますか(24、参考:ヨハネ5:10)。
- 当時のユダヤ人たちは、人が決めた安息日の細則を守っていました。その中には安息日にしてはいけないことが39か条で明示されています。麦の穂を摘んで食べることも、病人が自分の床をたたんで歩くことも、この細則によって解釈したわけです。主イエスは、彼らの考え方を正しくないと見なされました。次の箇所でその理由を考えてみましょう(マルコ7:8-9、11-13)。
- 私たちが信仰生活をしていく中で、これと似通った過ちを犯す危険性はありませんか。よい例があれば話してください。
- 弟子たちのしたことが間違っていないことを示すために、主はどのようなことを霊として取り上げておられますか(25-26、参考:Ⅰサムエル21:1-6)。
- 主イエスが教えようとされた真理の核心はどこにありましたか。それは安息日にはいくらでも働いてよいということでしょうか。
- 2:27の御言葉を一人一人わかりやすい言葉で整理してください。そしてマタイ12:11-12と比較しながら、今学んでいる箇所の中心がどこにあるのか話してください。
- 主イエスの安息日に対する解釈が、なぜパリサイ人の解釈より権威があるのでしょうか。2:28からその理由を考えてみましょう。
私たちにとって、日曜日は安息日なのでしょうか。日曜日を主の復活の日、つまり「主の日」として礼拝するのはどうしてですか。安息日は今も存続しているのでしょうか。終わったのでしょうか(コロサイ2:16-17)。
ヨハン教会とバイブル
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February 13th, 2013
マルコによる福音書2:13-22
主イエスは、レビ(マタイ)を弟子とされ、レビが自分の家に主や友達を迎えたとき、主は御自分がこの世に来られた目的を語られました。主は罪人のレビを招かれたように、世の罪人たちを招いて救うために来られました。ですから、自分が罪人であると認め、救い主を待ち望んでいる人に主イエスは喜びと希望を与えてくださいます。そういう喜びと希望に満ちた新しい時代が確かにやってきたのです。
- 湖のほとりで教えておられた主イエスは、そこで何をされましたか(13-14)。
- 主イエスがレビに「私についてきなさい」と言われたことについて、次の幾つかのことを考えてみましょう。
・レビの職業 ・主イエスに出会った場所 ・弟子としての招き ・レビの応答
- レビが主イエスと出会ったことと、あなたが主イエスと出会ったことで同じところがあれば、それを話してみてください。
- パリサイ派の律法学者たちは、どのようなことで主イエスを批難しましたか(15-16)。
- それに対する主イエスの答えを自分の言葉で説明してください(17)。
- 主イエスの答えから、律法学者たちにはどのような問題があったことがわかりますか。
- あなたも同じ問題を持ってはいませんか。その問題をそのままにしておくと、どのようなことになると思いますか。
- 主イエスの弟子たちが受けた非難はどのようなものでしたか(18、ルカ18:12、マタイ11:19)。
- 断食をしなくてもよい理由を主イエスは3つの例えで説明されました。1つずつ説明してみてください。
・花婿と花嫁につきそう友達 ・真新しい布切れと古い着物
・新しいぶどう酒と古い革袋
- あなたは、「新しいぶどう酒は新しい革袋に」という精神をもって信仰生活をしていますか。それを具体的に話してみてください。
- 今日学んだ御言葉から、おのおの自分が受けた恵みをもう一度整理してみてください。
ヨハン教会聖書人物紹介
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February 11th, 2013
マルコによる福音書2:1-12
主イエスがカファルナウムを2度目に訪問されたとき、中風の人の癒された奇跡は、私たちに大切な真理を教えてくれます。どんな奇跡でも、その中には主イエス・キリストご自身を示す真理が隠されています。そうでなければ、その奇跡は、神の御旨と一致するものではありません。人の目を暗くする奇跡は人の奇跡で、人の目を明らかにして真理を示すものこそ神の奇跡です。この両者を見分ける目を持つことが大切です。
- 多くの人々が集まってきたとき、主イエスは彼らに何をされましたか(1-2)。
- 奇跡を見に集まってきた群衆に御言葉を教えられる主イエスの御姿から、私たちは何を学ぶことができますか(マタイ4:4)。
- あなたは、経済問題や病気の問題よりも、神の御言葉を学び悟ることのほうがさらに大切であると信じますか。信じているなら、そのことがあなたの考えと生活に具体的な影響を与えていますか。
- 中風の人が、主イエスの御前に来るようになったいきさつを説明してください(3-4)。
- ここまでの所で、一人一人が教えられたことを一つずつ話してみましょう。
- 主イエスは「あなたの罪は赦される」と宣言されました。この言葉は主イエスがどのようなお方であることを示していますか(9、11、ヨハネ5:14、ヤコブ5:15)。
- 主イエスのこの言葉に対して、律法学者は心の中でどんなことを言いましたか(6-7)。
- 律法学者たちが言った言葉の中で、正しいことと間違っていることは何でしょうか。
- 律法学者たちが誤解するようになった根本的な原因はどこにあると思いますか(ヨハネ10:30、33)。
- あなたは、主イエスが持っておられる罪の赦しの力と権威を確信していますか。それではどうしてその確信を持つようになりましたか。
- 罪の赦しの確信によって、あなたは今どんな立場にありますか(ローマ5:1-2、6:14、8:33-34)。
中風の人の奇跡は、主イエスがどのようなお方であることを教えていますか。
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February 11th, 2013
マルコによる福音書1:35-45
主イエスは、伝道活動を開始されたばかりの頃、多くの人々から歓迎されました。ユダヤでもその他の地方でも、人々は興奮して主イエスを迎えました。長い間待望していた新時代が到来したという期待感から、主イエスのもとには多くの人々が集まってきました。しかし、主イエスは群衆の求めに従っては行動されませんでした。主は誰も干渉することのできないご自分独自の原則と目的を持っておられました。主の御国は人々が望んでいたこの世の王国ではなかったからです。
- 主イエスはご自分の働きがうまくいけばいくほど、さらに熱心に祈られました。それはどのようなことによってわかりますか(35、マタイ14:21-23)。
- ここで祈りについて、一人一人がどのようなことを大事なことと考えているか、話しあってみましょう(1:32-34)。
- あなたは現在どのような祈りの生活をしていますか。
- カファルナウムの人々が主イエスを独り占めしようとしたとき、主は何と答えておられますか。その理由は何だと思いますか(37-38)。
- 私たちは、主イエスを必要としているほかの人たちを無視したまま、時として「私の主イエス」というようにして主イエスを独占しようとすることはありませんか。
- らい病人に向かって主イエスが言われた御言葉から、自分が理解し、感じることを話してみてください(41)。
- らい病は霊的に何を象徴していると思いますか。その理由は何でしょうか(マタイ13:13-15)。
- あなたは、霊的らい病の症状はありますか。
- 主イエスはらい病を癒された後、何と言われましたか(44)。
- 主イエスは、なぜらい病人に何も言わないように命じられたのでしょうか。次のことを念頭において考えてみましょう。
・奇跡を行うものとしてのイメージ ・時が満ちていないこと
・福音宣教の邪魔になる
- 今日でも、私たちが主イエスを宣べ伝えるときこのような制限が設けられていますか。
- らい病人に「行って自分を祭司に見せなさい」と主が言われた理由をレビ記14:1-7によって説明してください。
- これは、主イエスと律法との関係を理解するのに役に立ちます。マタイ5:17-18によって説明してください。
- 今日学んだ御言葉の中で、主イエスについてあなたが新しく発見したことは何ですか。
ヨハン教会-東日本大震災ボランティア
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February 9th, 2013
主イエスは、4人の弟子たちと共にカファルナウムで安息日を送られるようになりました。この日1日の主イエスの行動については、マルコの福音書が詳しく記しています。主イエスがどれほど休む時間もなく追いまわされるような生活を送っておられたかということがよくわかります。この時、カファルナウムの人々が主イエスから発見したものは権威ということでした。私たちの信仰生活は、主イエスの権威をどれほどよく知り、信じるかに大きく左右されます。主の権威をよく認める人は、揺れ動くことのない信仰に立つことができるのです。
- 主イエスは安息日に会堂で何をされましたか(21) 。
- 人々は何を見て驚きましたか。どうしてそんなに驚いたのでしょうか(22)。
- 権威及び権能について、次の人々が持っている特徴を考えてみましょう。
・王 ・教授 ・技術者
- 主イエスが持っておられる権威は、どのような面において他の人々の権威とは違うのでしょうか(マタイ21:33-41、コロサイ1:15-17)
- 主イエスの教えが特別な権威を持っていることは、何を意味していると思いますか(絶対に服従しなければならないと教える聖句を探してください)。
- 会堂で礼拝しているとき、汚れた霊に憑かれた人々が入ってきて主イエスに叫んで言いました。その汚れた霊に憑かれた人の言葉からわかる非常に重要な2つのことは何ですか(23,24)。
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February 8th, 2013
主イエスは、その働きを始めるにあたって、まず弟子たちを召されました。主は、他の偉大な教師たちのように、自分の名声を聞いて集まってきた人たちの中から弟子たちを選ばれたのではありません。主は本当に謙遜な先生であって、御自分の方から弟子たちを探しにいかれました。主は私たちをご自分の弟子とされるために、天の御座を捨て、この世に降りてこられたように、弟子をご自分から率先して探されました。私たちは、ガリラヤの海辺を尋ね求めて行かれる主の御姿を仰ぎ見るとき、本当に頭の下がる思いがします。
1. 主イエスが最初に宣べ伝えられた福音の内容は何でしたか (14-15) 。
2. 「時が満ちた」ということばの意味を考えてみましょう(マタイ3:2、ガラテヤ4:4)。
※「定めの時が来た」は直訳すると「時が満ちた」です。
3. 神の国について知っていることを話してみてください。
4. どうして悔い改めなければ福音を信じることができないのですか。そして、もしも悔い改めない信仰があるとしたらその例をあげてみましょう。
5. あなたの信仰は真実な悔い改めをその内容として持っていますか。そして、それを証明することができますか。
6. 主イエスは、シモンとアンドレをどこで弟子として召されましたか(16)。
7. 主イエスは、山の中に入って、祈っている人々を弟子として召されないで、自分の仕事場で働いている人々を召されました。このことから、何を学ぶことができますか。
ヨハン教会
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February 7th, 2013
2働きを始めるにあたってのイエス
マルコによる福音書1:9-13
30年あまりの間、主イエスは沈黙を守りながら準備の時をもちましたが、いよいよ人々の前にその御姿を現されました。人々は長い間待ち続けてきた救い主の御声を聞くことができたのです。主がその御働きを始められるにあたって、何を最初になさったのかを知ることは興味深いことであり、また重要なことだと思います。この聖書勉強では、2つのことをまず取り上げようと思います。そしてここで私たちは何を学ばなければならないのかを、聖霊の御声に耳を傾けてみましょう。(先週の問12,13をもう一度復習してから、今日の学びに入りましょう)
1. 主イエスが働きはじめるにあたって、最初になさったことは何でしたか。そしてその瞬間、どういうことが起こりましたか。(9-11)
2. バプテスマのヨハネが授けた水のバプテスマはどういう意味を持っていましたか。(ルカ3:3)
3. 罪のない主イエスがバプテスマを受けられたのはどうしてですか。(ヨハネ1:29)
ヨハン教会
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February 7th, 2013
マルコによる福音書1:1-8
マルコはペトロの弟子でした。彼はペトロから聞いた主イエス・キリストのご人格と御働きを、四福音書の中で最も簡潔に、また力強く記しています。おそらくマルコの福音書は四福音書の中で最も早く書かれたものだと思われます。この福音書は、主イエスを僕として人々に仕えた方として描いています。仕えるためにこの世に来られた神の御子を証しするために、マルコは主イエスの語られた御言葉よりもその御働きに焦点を合わせています。
- 著者マルコについて、次の聖句から分かることを整理してみましょう。(Ⅰペトロ5;13、マルコ14:51-52、使徒12:15、13:5、13、コロサイ4:10)
- 預言者イザヤはいつの人であり、バプテスマのヨハネについて何を預言しましたか。(イザヤ40:3-5)
バプテスマのヨハネを「叫ぶ者の声」と表現していますが、そこから何を学ぶことができますか。(ヨハネ3:30)
Tags: バプテスマ, ヨハネ
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